今月のアラビア語 5月

2017-05-14

4月のオマーン―ニュースに「預言者昇天祭」の事が記載されました。

今月は以前にも一部掲載して来ましたイスラム教についての知識を自分自身の勉強も含め
て「預言者生誕祭」について纏めてみました。

(以下日本オマーンクラブ 4月18日記事)
イスラム暦1438年7月27日のイスラワルミラージュ(預言者昇天祭)は西暦2017
年4月25日火曜日にあたり、官民ともにこの日を休日とすることがこのほど発表された。

神の使徒となって10年目のイスラム暦7月27日の夜、預言者ムハンマドは白馬にまた
がってメッカのマスジド(モスク)からエルサレムのマスジドに旅をし、そこで聖書に出て
くる預言者たちから祈りを導くよう命じられた。
預言者ムハンマドはそこからさらに天に昇り、神から直接話しかけられ人間として精神的
に最高の高みにまで引き上げられた。この時に預言者ムハンマドは神から祈りの義務を課
せられ、イスラムの1日5回の礼拝はここから始まった。
イスラ・ワル・ミラージュ(預言者昇天祭)لإسراء والمعراجとは、このことを祝う祭日である

(筆者:注)
「イスラ」とは「夜、旅をする」という動詞から派生した単語でモハメドがエルサレムに夜
旅をして天に上がった事を意味します。
「ワル」はandの意味。
「ミラージュ」は「梯子」の意味から天に上る事を意味しています。

『以下はウィキメディア(岩のドーム)から引用させて頂きました』

「預言者昇天祭に関わる情報」を以下に纏めました。

岩のドーム(いわのドーム、アラビア語: قبة الصخرة‎ Qubba al-Ṣakhra)は、東エルサレムに
ある、カアバ*1、預言者のモスク*2に次ぐイスラム教の第3の聖地であり、「神殿の丘」と
呼ばれる聖域となっている。現在はイスラム教徒の管理下にあるが、南西の壁の外側の一部
だけが「嘆きの壁」としてユダヤ教徒の管理下にある。7世紀末に完成した集中式平面をも
つ神殿である。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩
(Foundation Stone)を祀っている。それゆえ、このドームはその神聖な岩を覆った記念
堂であり、礼拝所としてのモスクではない。 建設に際して刻まれた総延長240mに及ぶ碑
文では、イエスの神性を否定はするものの、預言者であることを認めている。

450px-Kaaba2

               *1(カアバ、メッカ ウィキメディアより引用)
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               *2(預言者のモスク、メディナ ウィキメディアより引用)

1.歴史

イスラム教の先達ともいうべきユダヤ教、キリスト教の一神教をはぐくんだ聖地エルサレムは、イスラム教勃興以後、イスラム勢力が政権を握り、多くのイスラム教徒が他の一神教と共存するようになった。しかし、これら三つの一神教によるエルサレムを巡る紛争に象徴されるように、この土地は宗教間の対立が絶えなかった。
岩のドームはかつてのエルサレム神殿内にあり、建設はウマイヤ朝第5代カリフであるアブドゥルマリクが685年から688年の間のいつの時点かに建設を思い立ったことに始まり、688年に着工した。当時、イスラム最高の聖地メッカはアリー・イブン=アビー=ターリブ(第4代正統カリフ・アリー)を支持するイブン・アッ・ズバイルによって制圧されており、それが岩のドーム建設の直接の動機であったと推察される。
建物は、預言者ムハンマドが夜の旅(イスラー)に旅立ち、また、アブラハムが息子イサクを犠牲に捧げようとした(イサクの燔祭)場所と信じられている「聖なる岩」を取り囲むように建設され、692年に完成した。外部は大理石と美しい瑠璃色のトルコ製タイルによって装飾されているが、これは1554年にオスマン帝国のスレイマン1世の命によって建築家ミマール・スィナンが貼り直したもので、かつては樹木や草花、建物を画いたガラス・モザイクであった。ドーム部分は内部装飾も含めて11世紀に再建されたものだが、これはほぼ創建当時のままのデザインである。
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          (黄金のドーム ウィキメディアより引用)

2.信仰

イスラム教にとってもイブラーヒーム(アブラハムのアラビア語読み)は重要な預言者の一人であるが、犠牲を捧げようとした場所であるとはみられていない。イスラム教においてこの岩が神聖とされるのは、預言者ムハンマドが一夜のうちに昇天する旅(ミウラージュ)を体験した場所とされることである。クルアーンでは、マディーナ(メディナ)の預言者のモスクに住んでいた時代のムハンマドが、神の意志により「聖なるモスク」すなわちマッカ(メッカ)のカアバ神殿から一夜のうちに「遠隔の礼拝堂」すなわちエルサレム神殿までの旅をしたと語っている(17章1節)*
伝承によると、このときムハンマドは大天使ジブリール(ガブリエル)に伴われエルサレムの神殿上の岩から天馬ブラークに乗って昇天し、神アッラーフの御前に至ったのだという。
この伝承は、ムハンマドの死後から早い時期にはすでにイスラム教徒の間では事実とみなされており、神殿の丘におけるムハンマドが昇天したとされる場所にはウマイヤ朝の時代に岩のドームが築かれた。また、丘の上には「遠隔の礼拝堂」を記念するアル=アクサー・モスク(銀のドーム)が建設され、聖地のひとつと見なされている。

Al-Aqsa_Mosque_by_David_Shankbone

          (アル=アクサー・モスク(銀のドーム)ウィキメディアより引用)

以上ウィキメディア

*17章1節 コーラン 夜の旅の章 (中央公論社:世界の名著 コーランから引用)

慈悲深く慈愛あつき神の御名において

聖なる礼拝堂から、われらがしるしを示すために周囲を祝福した遠隔の礼拝堂まで、夜の間
にその僕を連れて旅したもうお方に栄光あれ。まことに神はよく聞き、よく見通したもう
お方である。

以上