今月のアラビア語

今月のアラビア語

2018-01-03

明けましておめでとう御座います。
クッル・アーム・ワ・アントム・ビヘイル
كل عام و انتم بخير

昨年のご支援、ご協力に感謝致します。
シュクラン・アラー・ダアムクム・ワ・タアーワナクム・アーム・マーディー
شكراً على دعمكم و تعاونكم لي العام الماضي

新年に際し、皆様のお仕事のご成功とご健康をお祈り致します。
マア・ハーザー・ル・アーム・ル・ジャジード・アタマンナー・ラクム
アン・ナジャーフ・フィ・アマリクム・ワ・アッシッハ
مع هذا العام الجديد اتمنى لكم النجاح في عملكم والصحة

今月のアラビア語 10月

2017-10-04

「日常頻繁に使われるアラビア語の慣用句」

アラビア語では、もっとも日常的に使われるアッラー関連表現。

知人のサウジアラビア人Omar AlTamrahさんのFBへの投稿が大変役に立つと

思いますので引用させて頂きました。(一部追記)

 ①「アッサラーム・ アレイクム」
アラビア語で السلام عليكم
「 あなたの上に平安がりますように」

・日常の挨拶(朝、夕時間に関係ない)

② アッラーが望むならば
(未来のことを語るときに使う)
インシャーアッラー إِنْ شَاءَ الله

・約束の後に必ず付ける

③ 素晴らしい/大したものだ
マーシャーアッラー مَا شَاءَ اللَّهُ

④ アッラーにこそ凡ての称讃あれ。
アルハムドゥリッラー الْحَمْدُ للّهِ

・事が上手くいった時 ・食事後のご馳走様

⑤ 神のご加護がありますように
読み方:
相手:男 アッラーホ ユサッリムカ الله يسلّمك
相手:女 アッラーホ ユサッリムキ الله يسلّمكِ

⑥ アッラーに讃えあれ
スブハーナアッラーسبحانَ الله
・変なものを見たとき、ビックリしたときなどに使う。

⑦ アッラーのみぞ知る
アッラーが一番よく知っている
アッラーフアアラム الله أعلم

⑧ アッラーの御名において
ビスミッラー بسم الله
・何かを始めるとき、イスラム教徒が必ず唱える

・食事「頂きます」

以上

今月のアラビア語 7月

2017-07-21

今月はコーランの内容について触れさせて頂きます。

全てのイスラム教徒の原点である「コーラン」は毎回礼拝の中でイスラム教徒が唱えるのがコーランの第一章全文です。

(以下 ウキペディア フリー百科事典から引用させて頂きます。)

ハディースの中に「祈りの中に開端のスーラを入れない場合、その祈りは無効である」と書かれているせいで、
多くのイスラム学者がこの節の重要性を強調している。

開端(アル=ファーティハ、Al-Fatiha)はクルアーンの最初のスーラで、マッカ時代最初期の啓示の一つである。
アッラーの導きと支配、慈悲を称える7つのアーヤから構成される。
このスーラは毎日の祈りサラートの最初の部分に使われる。
ムスリムは1日に最低17回は開端を暗唱する。
開端章は、ファーティハ・アルキターブ(Fatiha al-Kitāb)とも呼ばれる(ファーティハは動詞「開く」の派生語)。

ムスリムは、クルアーンはアッラーからアラビア語で与えられた啓示であると信じている。他の言語への翻訳は単に
表面的な訳に過ぎず、真のクルアーンではないと考えている。

原語のアラビア語とその翻訳は以下のようになる。

(以下日本語翻訳は我が大学の恩師故伴康成先生の「世界の名著15 コーラン:中央公論社」から引用させて頂きました。
その為、中央公論版は“開巻”、ウキペディアは“開端”となっておりますがご了承下さい。)

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クルアーン(コーラン)第一章 開巻の章

سورة   الفاتحة
ul-fatiha surat
スーラ・トル・ファーティハ
開巻の章

بسْمِ  اللّهِ  الرَّحْمـَنِ  الرَّحِيمِ1-1
r-raḥīm r-raḥmāni Bismillāhi
ビスミッラーヒッ ラハマーニッ ラヒーム
慈悲ぶかく慈愛あつき神の御名(みな)において。

1:2 الْحَمْدُ  للّهِ  رَبِّ  الْعَالَمِين
l-‘ālamīn rabbi lillāhil Al ḥamdu
アルハムド リッラーヒ ラッビル アーリミーン
神に讃えあれ、万有の主。

1:3 الرَّحمـنِ الرَّحِيم
r-raḥīm Ar raḥmāni
ラハマーニッ ラヒーム
慈悲ぶかく、慈愛あつきお方、

1:4 مَـالِكِ  يَوْمِ الدِّين
d-dīn  yawmi Māliki
マーリキ ヤウミッディーン
審判の日の主宰者に。

1:5 إِيَّاك نَعْبُدُ  و إِيَّاكَ  نَسْتَعِين
nasta-in iyyāka wa na’budu Iyyāka
イッヤーカ ナアブドゥ ワ イッヤーカ ナスタイーン
あなたをこそわれわれは崇めまつる、あなたにこそ助けを求めまつる。

1:6 اهدِنَــــا  الصِّرَاطَ  المُستَقِيمَ
al-mustaqīm  ṣ-ṣirāṭ  Ihdinā
イフディナー スィラータル ムスタキーム
われわれを正しい道に導きたまえ、

1:7 صِرَاطَ  الَّذِينَ  أَنعَمتَ  عَلَيهِمْ  غَيرِ  المَغضُوبِ  عَلَيهِمْ وَ  لاَ  الضَّالِّين
Dallin la wa alayhim magdubi ghairil alayhim an’amta al-laḏīna sirāṭ
スィラータ ラッズィーナ アンアムタ アライヒム ガイリル マグドゥービ アライヒム ワラッダーッリーン
あなたがみ恵をお下しになった人々の道に、お怒りにふれた者やさまよう者のではなくて。

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上記を唱えた後に「Amin」アーメンで締めくくります。

この第一章は重要ですので、‘コーラン第一章’で検索すればいくつかのサイトが読誦して
いるものの録音を聞く事が出来ます。

以上

今月のアラビア語 6月

2017-06-18

イスラム(ヒジュラ)暦と祭礼

この文章は2015年7月に掲載した文章を一部修正して掲載させて頂きます。
ラマダン月が間も無く終わりますが、お読みで無い方々もおられるかと思いますので、ご参照下さい。

ラマダン月も後一週間程を残すばかりとなりました。ラマダン月の終了は6月24日と報道されています。
ラマダン月終了(シャッワール月1日)と共にイスラムの2大祭礼の一つイード(祭り)・ル・フィトゥル(断食明け)の祭、
別称:イード・サギール(小)祭礼が始まります。国によって祝日が何日か決まりますが、サウジアラビアの天文学者は
6月25日(日)と発表した様です。

小祭礼に対し巡礼月(ズー・ル・ヒッジャ、イスラム暦12月)の10日に始まるイード・ル・アドハー(犠牲)祭を
イード・ル・カビール(大)祭礼と言います。(今年は9月1日頃から4日間)

ご承知の様にイスラム暦は太陰暦を使用しており1年が354日で西洋(太陽)暦より11日短く、その為に毎年、
暦が西洋暦より早まる訳ですが、ラマダン月はイスラム暦10月にあたり、巡礼月と共に「神聖月」とされており、
特別の形容詞が頭に付き「ラマダン・カリーム」又は「ラマダン・アル・ムハッラム」(神聖なラマダン月)と
呼ばれています。

ラマダン

(画像は英語Googleに沢山ある画像の中から借用)

お祭りが始まれば、皆さんその期間中の挨拶は「イード ムバーラク アライカ」
(お祭りがあなたを祝福する。The feast blessed on you.)となります。
簡単に「イード ムバーラク」だけで十分です。これは断食明けの祭、犠牲祭何れでも使える挨拶です。

ラマダン2

イスラム暦はアッサナ・ヒジュリーヤ(ヒジュラ暦)と言いモハメドがメッカからメジナに

移住(ヒジュラ)した西暦622年7月16日を元旦として始まりました。今年のラマダン明けの祭日
が始まると思われる2017年6月25日はヒジュラ暦1438年10月1日となります。
今はWebに対比表があり、いつでも正確なヒジュラ暦が出てきますが、最終的な判断は政府によって発表されます。
尚、ヒジュラ暦(太陰暦)の一日の始まりは日没からですから、西洋暦の夜中12時から日にちが変わるのとは
違う事を覚えておいて下さい。

ラマダン月を終えた後の6月24日の夜から3-4日ムスリムの方々にお会いする機会があれば、
是非「イード ムバーラク」とご挨拶されては如何でしょうか。ラマダン月の期間中は
通常の「アッサラーム アレイクム」(あなたの上に平安を、日本語のこんにちは)に、
前述の「ラマダン カリーム」を付け加えれば完璧です。

以上

今月のアラビア語 5月

2017-05-14

4月のオマーン―ニュースに「預言者昇天祭」の事が記載されました。

今月は以前にも一部掲載して来ましたイスラム教についての知識を自分自身の勉強も含め
て「預言者生誕祭」について纏めてみました。

(以下日本オマーンクラブ 4月18日記事)
イスラム暦1438年7月27日のイスラワルミラージュ(預言者昇天祭)は西暦2017
年4月25日火曜日にあたり、官民ともにこの日を休日とすることがこのほど発表された。

神の使徒となって10年目のイスラム暦7月27日の夜、預言者ムハンマドは白馬にまた
がってメッカのマスジド(モスク)からエルサレムのマスジドに旅をし、そこで聖書に出て
くる預言者たちから祈りを導くよう命じられた。
預言者ムハンマドはそこからさらに天に昇り、神から直接話しかけられ人間として精神的
に最高の高みにまで引き上げられた。この時に預言者ムハンマドは神から祈りの義務を課
せられ、イスラムの1日5回の礼拝はここから始まった。
イスラ・ワル・ミラージュ(預言者昇天祭)لإسراء والمعراجとは、このことを祝う祭日である

(筆者:注)
「イスラ」とは「夜、旅をする」という動詞から派生した単語でモハメドがエルサレムに夜
旅をして天に上がった事を意味します。
「ワル」はandの意味。
「ミラージュ」は「梯子」の意味から天に上る事を意味しています。

『以下はウィキメディア(岩のドーム)から引用させて頂きました』

「預言者昇天祭に関わる情報」を以下に纏めました。

岩のドーム(いわのドーム、アラビア語: قبة الصخرة‎ Qubba al-Ṣakhra)は、東エルサレムに
ある、カアバ*1、預言者のモスク*2に次ぐイスラム教の第3の聖地であり、「神殿の丘」と
呼ばれる聖域となっている。現在はイスラム教徒の管理下にあるが、南西の壁の外側の一部
だけが「嘆きの壁」としてユダヤ教徒の管理下にある。7世紀末に完成した集中式平面をも
つ神殿である。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩
(Foundation Stone)を祀っている。それゆえ、このドームはその神聖な岩を覆った記念
堂であり、礼拝所としてのモスクではない。 建設に際して刻まれた総延長240mに及ぶ碑
文では、イエスの神性を否定はするものの、預言者であることを認めている。

450px-Kaaba2

               *1(カアバ、メッカ ウィキメディアより引用)
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               *2(預言者のモスク、メディナ ウィキメディアより引用)

1.歴史

イスラム教の先達ともいうべきユダヤ教、キリスト教の一神教をはぐくんだ聖地エルサレムは、イスラム教勃興以後、イスラム勢力が政権を握り、多くのイスラム教徒が他の一神教と共存するようになった。しかし、これら三つの一神教によるエルサレムを巡る紛争に象徴されるように、この土地は宗教間の対立が絶えなかった。
岩のドームはかつてのエルサレム神殿内にあり、建設はウマイヤ朝第5代カリフであるアブドゥルマリクが685年から688年の間のいつの時点かに建設を思い立ったことに始まり、688年に着工した。当時、イスラム最高の聖地メッカはアリー・イブン=アビー=ターリブ(第4代正統カリフ・アリー)を支持するイブン・アッ・ズバイルによって制圧されており、それが岩のドーム建設の直接の動機であったと推察される。
建物は、預言者ムハンマドが夜の旅(イスラー)に旅立ち、また、アブラハムが息子イサクを犠牲に捧げようとした(イサクの燔祭)場所と信じられている「聖なる岩」を取り囲むように建設され、692年に完成した。外部は大理石と美しい瑠璃色のトルコ製タイルによって装飾されているが、これは1554年にオスマン帝国のスレイマン1世の命によって建築家ミマール・スィナンが貼り直したもので、かつては樹木や草花、建物を画いたガラス・モザイクであった。ドーム部分は内部装飾も含めて11世紀に再建されたものだが、これはほぼ創建当時のままのデザインである。
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          (黄金のドーム ウィキメディアより引用)

2.信仰

イスラム教にとってもイブラーヒーム(アブラハムのアラビア語読み)は重要な預言者の一人であるが、犠牲を捧げようとした場所であるとはみられていない。イスラム教においてこの岩が神聖とされるのは、預言者ムハンマドが一夜のうちに昇天する旅(ミウラージュ)を体験した場所とされることである。クルアーンでは、マディーナ(メディナ)の預言者のモスクに住んでいた時代のムハンマドが、神の意志により「聖なるモスク」すなわちマッカ(メッカ)のカアバ神殿から一夜のうちに「遠隔の礼拝堂」すなわちエルサレム神殿までの旅をしたと語っている(17章1節)*
伝承によると、このときムハンマドは大天使ジブリール(ガブリエル)に伴われエルサレムの神殿上の岩から天馬ブラークに乗って昇天し、神アッラーフの御前に至ったのだという。
この伝承は、ムハンマドの死後から早い時期にはすでにイスラム教徒の間では事実とみなされており、神殿の丘におけるムハンマドが昇天したとされる場所にはウマイヤ朝の時代に岩のドームが築かれた。また、丘の上には「遠隔の礼拝堂」を記念するアル=アクサー・モスク(銀のドーム)が建設され、聖地のひとつと見なされている。

Al-Aqsa_Mosque_by_David_Shankbone

          (アル=アクサー・モスク(銀のドーム)ウィキメディアより引用)

以上ウィキメディア

*17章1節 コーラン 夜の旅の章 (中央公論社:世界の名著 コーランから引用)

慈悲深く慈愛あつき神の御名において

聖なる礼拝堂から、われらがしるしを示すために周囲を祝福した遠隔の礼拝堂まで、夜の間
にその僕を連れて旅したもうお方に栄光あれ。まことに神はよく聞き、よく見通したもう
お方である。

以上

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