オマーンニュース

天野浩・名古屋大学教授と再訪した最近のオマーン

2019-09-24

 
森元 誠二元オマーン大使/元スウェーデン大使からの寄稿です。

9月10日から13日の間、私は天野教授(名古屋大学未来材料・システム研究所未来エレクトロニクス集積研究センター教授、2014年ノーベル物理学賞受賞者)と共にオマーンを訪問する機会を得ました。前回、2017年の年末にご一緒して以来の再訪です。教授は11日にケンピンスキー・ホテルで250人余りの聴衆を前に講演し、青色LED発見に至る研究成果と目下取り組む課題について説明して好評を博しました。天野教授は青色LEDに次ぐ研究課題として、ワイヤーレスのエネルギー伝導によるInternet of Energyの確立に取り組んでいます。これが実現するとエネルギー・チャージの必要ない電気自動車、将来的には24時間空中に留まることのできるドローンや電気自動車も夢ではなくなります。ただ、その実現には、長距離のエネルギー伝導手段のみならず、受け取ったエネルギーを蓄える小型で軽量の蓄電池の開発を始め多岐にわたる分野の総合的な研究開発が必要になるそうです。興味深いことに、天野教授は規制が多すぎて現状ではドローンの実証実験すら容易でない日本を抜け出て、将来的には広大で規制のないオマーンを候補地の一つとして実験を行う可能性を考えているのだそうです。

ケンピンスキー・ホテルでの講演会後の記念品授与

講演の反響には大きなものがありましたが、ここでは一つだけご紹介したいと思います。それは15日付のアッルウヤ紙に掲載されたハーティム・アル・タイエ社主兼編集長(国家評議会議員)による論評です。そこでは、「ノーベル賞受賞者である天野浩教授の講演を聞く幸運に恵まれたが、この講演において天野教授は現代のサムライの肖像を見せた。国々の発展は、知識、人的資本、科学研究の3つの柱から成っているが、科学研究こそ国家が関心を寄せる中心事項であり、科学研究なしに成長を遂げることはできない。この点において日本は好例である。日本は第二次世界大戦の結果として広島と長崎に核の攻撃を受けたが、この躓きから立ち上がり、日本は世界の強国のひとつとなるため,復興への決意を新たにしてこれを実現させた。日本の復興は『リモコン』のボタンを押して実現したものではなく、すべての日本国民による真剣な努力が結実したものである。天野教授の2回のオマーン訪問を通して、天野教授は講演会に出席した若者たちに対して、イメージとインスピレーションを与えただけでなく、科学の分野だけでなくあらゆる分野においてプレッシャーに負けずに仕事を継続する能力の重要性を紹介した。」とありました。(以下 現地記事: カーソルをあて、クリックするとアラビア語の記事を読むことができます。)
9月15日現地紙論評

オマーンにおける理工学分野の高等教育機関では、国立大学であるスルタン・カブース大学の他に私立大学であるドイツ工科大学(German University of Technology in Oman)があり、そこではドイツのアーヘン工科大学の協力のもとに人材育成が行われています。前回の訪問以来、名古屋大学とドイツ工科大学との学術研究協力の機運が高まっており、今回我々には名古屋大学から天野教授の卓越大学院プログラム(「未来エレクトロニクスDeployer・Innovator・Investigator協働大学院プログラム」)を担当する准教授と工学研究科の助教がそれぞれ1名、それに事務員1名の計3名が同行し、ドイツ工科大学関係者の間で両大学の協力の可能性についても話合いが進みました。

滞在中は、天野教授と共に旧知のハイサム遺産文化大臣やアブドラ寄進宗教大臣も表敬訪問して旧交を温めることができました。私が所属する東京大学教養学部カブース国王グローバル中東研究講座にはオマーンの実業家モハメッド・バフワン氏の寄贈に係るアラブ学のための専門文庫があるのですが、そこの書籍の充実が話題になった際には、両大臣からそれぞれオマーンの遺産文化、イスラム教イバード派に関する図書を寄贈する用意があるとの親切な申し出がありました。10月下旬には寄進宗教大臣顧問が来日して駒場キャンパスで講演を行う予定なので、その機会に目録贈呈式を行うことが出来ないものかと検討しています。

ハイサム遺産文化大臣との会談

今回一つ興味深かった点ですが、ドイツ工科大学はその広大なキャンパスに昨年からフィンランド・オマーン学校を創設し、ユニークな初等教育を開始しました。いずれ中等科にも拡大して、初等・中等教育はフィンランド式、高等教育はドイツ式(+名古屋大学の日本式?)の一貫教育を目指すとのことでした。キャンパス内に病院やホテルを設置する将来構想もあるとのことでしたが、壮大な計画には驚かされます。フィンランド学校には、フィンランド人校長や教師の他に英国人やオマーン人の教職員もいるのですが、これに関連して、算数について短期集中でもよいので日本人教師の派遣が出来ないものだろうかと相談を受けました。オマーン側で宿舎や諸手当てなどは用意される筈ですが、クラブの会員やお知り合いの中にどなたかオマーンで算数を教えてみたいという方はおられませんか。

フィンランド・オマーン学校の校舎と授業風景

フィンランド・オマーン学校の校舎と授業風景

我々の訪問は、丁度シーズンが始まったロイヤル・オペラ・ハウスでの歌劇「カルメン」の観賞で締めくくられました。日本オマーン・クラブの15日付ニュースでも紹介されていましたが、ブエノスアイレス・オペラハウスのオーケストラ演奏の下で歌手、踊り手や合唱団など総勢100名を超える出演者が一堂に登場する舞台は、私がかつて勤務したウィーンやベルリンの歌劇場のオペラと比べても引けを取ることなく、豪華絢爛で大変印象深いものでした。

以下は現地の新聞記事です。クリックすると記事が読めます。9月8日版は2ページ目から英語、9月12日版は全てアラビア語です。

Al Roya p.1 Sept. 8, 2019

Oman Daily p.2 Sept. 12, 2019

2016年日オ学生交流会が開催されました

2016-11-30

 

去る11月19日・20日の2日間、日本オマーンクラブ主催でインターカレッジの学生団体、日本中東学生会議が中心となり、日オ学生交流会が開催されました。参加者はオマーン人留学生8人と日本人学生9人、オマーンクラブからも9名がオブザーバーとして参加しました。

1日目は、東京中野坂上の成願寺附属のたから幼稚園にて交流会を行いました。各グループ4名ずつ分かれ、前半は文化交流として型抜きと福笑いを楽しみました。型抜きは非常に難しく苦戦している様子でした。現在では型抜きはあまり見られませんが、日本のお祭りにおいてはうまく型を抜けることができればお金など景品がもらえると聞いたオマーン人学生は慎重に取り組んでいました。福笑いは好評で、可笑しな顔に一同大笑いしていました。


 
後半は「日本の文化の多様性 関西と関東の違い」というテーマで日本人学生がオマーン人学生に対しプレゼンテーションを行いました。今年は関西からの学生が多いためこのテーマにしました。それぞれの主な観光名所や歴史的変遷、言葉の違い、食文化の違い、エスカレーターでの並び方の違いなど、日本人学生オマーン人留学生共に興味深い内容でした。その後各グループでディスカッションを行い、日本人学生は「オマーンにもこのような違いは各地にあるのか」といった質問をしたり、オマーン人学生は「関東にもいくつかの方言があるのは知らなかった」といったコメントをしたりしていました。交流会終了後、両国の学生参加者全員がハラールレストランで夕食を囲み楽しいひと時を過ごしました。

 
2日目は、朝成願寺においてまず座禅を行いました。座禅の時間は10分間でしたが、非常に長く感じられました。日本人、オマーン人留学生ともに苦戦しておりましたが、最後に住職様から「他の日本人の方よりもオマーン人留学生の方が上手でした」とお褒めの言葉を頂きました。また、仏教やイスラーム教、キリスト教に精通する教えやお祈りの方法が似ていると聴き学生全員が強い関心を抱きました。

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座禅終了後、一緒に朝食を食べ、東京都庁の展望台へと向かい東京からの景色を見てもらいました。ちょうど天気が非常に良く晴れていたので富士山や埼玉県の山々を見ることが出来ました。中でも新宿のコクーンタワーに興味を持ったようで暫く写真を撮っていた事が印象的です。

日本人、オマーン人留学生ともに中身の濃い時間を過ごす事が出来たと思います。

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(文責:日本中東学生会議)

ワカンでお花見 Apricot Blossom Viewing in Oman

2014-03-08

 
日本では、寒さも徐々に和らぎ始める3月、東京でも梅の花が満開を迎え、4月に向けて桜が花を咲かせる準備を始めます。一方、アラビア半島にあるオマーンの首都マスカットでは、既に最低気温が20度を超えて、日中は30度に迫る勢いです。雨の降らない灼熱の地と思われがちですが、オマーンは自然豊かで、マスカットやソハールの後背にハジャール山脈を擁しています。
その一部であるジャバル・アフダルの中腹で、この季節、日本より一足先に春の恒例行事を楽しんだ在留邦人の方から、現地のレポートを頂きました。

ワカンでお花見

2月のある週末に,桜に似た杏の花が咲くというワカンへ行ってきました。マスカットからバルカ,ナハルを通って車で約2時間。終盤はひたすら山道を登ります。4WDでないと行けない急勾配の砂利道ですが,道が狭いのなんの。もちろんガードレールもありません。ヒヤヒヤしながら上っていくと,いつの間にか通ってきた道がかすんで見えません。かなりの高さに来ていました。無事ワカンの村に到着し,車の温度計を見るとマスカットとの気温差約10℃。空気が少しひんやり感じました。

花見1 花見3
村を通る階段を上っていくと,日本の畑のような青々とした光景が。久々の緑に癒やされていると,「あ!桜だ!じゃなくて杏だ!」すぐに杏の木を発見しました。例年よりこの冬は寒かったこともあってか,まだ3分咲きという程度でしたが,本当に桜の花にそっくりでした。そして眼下に広がるオマーンならではの雄大な景色。天気もよく,鳶や大きな鷲が気持ちよさそうに飛んでいました。
花見4
また,遊歩道にそってファラジュ(水路)が延々と伸びており,透き通った水が豊富に流れていました。二股になっているところでは片方に土嚢を置き,水の流れを調整しているようでした。ワカンのような山の上の小さな村でも,デーツや杏,その他の植物が栽培できるのはこのファラジュのおかげです。古くから引き継がれるオマーン人の知恵に脱帽です。

ところで,ここはなんと言ってもオマーン。これでもかというほどたくさんのデーツが生えています。桜(のような杏)と並ぶデーツの木,日本とオマーンの素敵なコラボレーションも見ることができました。
小さな休憩所もあり,持ってきたお弁当を広げて一足早いお花見を楽しむことができました。久々に仕事を忘れてのんびりと,自然に癒やされた週末でした。

花見2
(オマーン在住 M・N)

「オマーンは東アジアを観光市場として期待している」

2013-12-13

会員の村上拓哉さんからの寄稿です。

8日のマスカット・デイリー紙によると、マイサーウ・アル=マフルーキー観光省次官は、日本を始めとする東アジア諸国を、オマーンの観光市場にとって大きな潜在的価値をもった市場として見ているとのことです。

世界貿易機関の統計によると、2012年に中国は1兆20億米ドル、日本は2790億米ドルを海外休暇で使用したとのこと。

マイサーウ次官によると、現在市場について調査しているところであり、間もなくこれらの国から観光客を引き寄せる戦略を打ち出すそうです。また、観光客をオマーンまで連れてくるためにも、同国のフラッグ・キャリアであるオマーン航空と緊密に連携しているようです。

長年にわたって続けられてきた世界遺産であるバハラ・フォートの改修が終わり、オールド・マスカット地区には新しい国立博物館の建設が2014年に予定されるなど、オマーンの観光地化は近年急速に進められてきました。政府は石油依存型経済を脱却するためにも、新たな国家収入の手段を必要としており、観光産業は重点分野の一つです。この潮流に乗り、日本からオマーンを訪れる人が増えることを願ってやみません。

元記事(Muscat Daily)
http://www.muscatdaily.com/Archive/Oman/Oman-eyeing-tourists-from-China-Japan-and-Korea-says-H-E-Maitha-2rin

今日からイスラム暦の新年

2013-11-05

 

本日(11月5日)からヒジュラ暦(=イスラム暦)の新年「ヒジュラ暦1435年」がはじまります。したがって、本日は日本の1月1日にあたり、オマーンは休日です。

この機会にオマーンの祝日のことをお知らせします。

ヒジュラ暦とは、預言者ムハンマドがマッカからマデーナへ聖遷(ヒジュラ)した西暦622年を元年とする暦で、イスラム社会で使われています。

ヒジュラ暦は月の満ち欠けの周期約29.5日を1ケ月とする太陰暦で、1か月が29日の小の月と30日の大の月をおおむね交互に繰り返します。したがって、1年はおおむね354暦日となるので、1年ごとに11日ほど太陽暦より短くなります。

来年、つまり「ヒジュラ暦1436年」の新年は、11日早まった西暦2014年10月25日前後からとなります。

ヒジュラ暦も12の月からなり、最初から順に、ムハッラム(1月)、サファル(2月)、ラビーウ・アルアウワル(3月)、ラビーウ・アッサーニー(4月)、ジュマーダ・アルウーラー(5月)、ジュマーダ・アルアーヒラ(6月)、ラジャブ(7月)、シャアバーン(8月)、ラマダーン(9月、断食月)、シャウワール(10月)、ズー・アルカアダ(11月)、ズー・アルヒッジャ(12月、巡礼月)と呼びます。

オマーンでは、ヒジュラ暦と西暦を併用しており、ヒジュラ暦の新年(ムハッラム月1日、預言者ムハンマドの生誕祭(ラビーウル・アウワル月12日)、預言者昇天祭(ラジャブ月27日)、ラマダーン明けの祭り(シャウワール月1~3日)、犠牲祭(ズール・ヒッジャ月10日から13日)、それに西暦の1月1日、7月23日(カブース国王即位の日)、11月18日(同国王の誕生日)が祝日となっています。

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