9月, 2015年

巡礼(ハッジ)と大祭礼

2015-09-18
カアバ神殿1 カアバ神殿2

(カアバ神殿) (掲載写真及びデザインは各種Webサイトより引用)

イスラム暦の12月、ハッジ(巡礼)月「ズー・アル・ヒッジャ」が9月15日から始まりました。(サウジ政府の正式発表が14日にありました。)以前ご説明した通り「巡礼」はイスラム教徒にとって五つの「行」の一つで宗教の実践として行うべきものであります。メッカへの「巡礼」は巡礼月の7日から10日にかけて行われる行事であり、その儀式が終わる10日からイスラムの大祭礼(Eid al-kabir)「犠牲祭」(Eid al-Adha)が始まります。2015年は9月24日から始まる旨、これもサウジ政府が承認致しました。各国共に4-5日間ほどが祝日となります。

Eid al-Adha (1)

9月24日以降、ムスリムの方にお会いする機会があれば、「イード・ムバーラク」又は「イード・アル・アドハー・ムバーラク」(犠牲祭おめでとう)と挨拶されては如何でしょうか。

 
 
一生の間に一度メッカ巡礼をと思いつつ、その夢が果たせず終わる人も多い事でしょう。

コーランの中には巡礼に関し、以下の記述があります。
第2章「雌牛の章」
196節「神のために巡礼と参詣の務めを果たせ。」
第3章「イムラーン家の章」
96節「人々のために設けられた最初の聖殿はバッカ(メッカ)にあり、それは、祝福され、いっさいの生き物の導きとして設けられたものである。」
97節「その中には、アブラハムが足をとどめたところをはじめ明白なみしるしがある。そこにはいればだれでも、絶対安全が保証される。この聖殿への巡礼は、そこに旅する余裕のあるかぎり、人々にとって神への義務である。(以下省略)」
(中央公論「世界の名著」コーランより引用)

メッカへの道には途中から高速道路の料金所に似た様な施設があり、そこから中へは異教徒は入れません。正に、この聖域は宗派、国、人種が違ってもイスラム教徒のみが共有出来るイスラム運命共同体の場所と言えます。

数百万人が集うこの行事はサウジアラビア政府にとっても治安の維持が大変で、毎年混雑の為に圧死者が出る悲劇も起こっています。筆者も80年代前半、サウジアラビアに駐在していましたが、この季節は巡礼者の拠点となるメッカに近いジェッダを含め、西海岸方面への出張は殆ど諦めざるを得ませんでした。

大祭を終え、巡礼月(ヒジュラ暦12月)が10月14日終わり、10月15日にヒジュラ暦は1437年の元旦を迎えます。

Eid al-Adha (2)

(イード・アル・アドハー・アル・ムバーラク-祝福される犠牲祭-のアラビア語)

【追記】カアバ神殿のモスク拡張工事で大型クレーン崩壊 (Gulf Newsより引用)9.13

9月11日(金)にメッカ、カアバ神殿のグランド・モスク拡張工事に使用されていた大型クレーンが倒れ、死者107名、重軽傷者238名の惨事が発生致しました。Salman国王も翌12日、原因追求指示と患者へのお見舞いの為メッカを訪問しました。オマーン人2名が負傷し病院に搬送されましたが、軽傷で済んだようです。9月21日から始まる巡礼の一連の行事は現状予定通り執り行われる模様です。

この工事は2.2百万人の巡礼者を一度に収容出来るグランド・モスクの拡張工事の中で発生致しました。原因は強風と言う説がありますが、まだ解明されていません。

メッカ宗教警察の元長官は「この事故は神がお試しになったもの。我々はこの現実を受け入れなければならない。」とのコメントを伝えています。また、現場近くに居たエジプト人巡礼者は「この聖なる瞬間、聖なる場所で、事故が起き、その場で死ぬ事が出来るなら私にとっては本望だ。」との言葉を記者に語ったと記載されています。この工事を請け負っているSaudi Binladin Groupのエンジニアは「クレーンの設置自体に技術的問題は無く、これは神のなせる業である。」と発言しています。

Gulf News1Gulf News2

(Gulf News Webに掲載された事故現場の様子)

私としても2-3百万が集う巡礼行事が滞り無く終わる事を祈るばかりです。

以上

マスカット訪問  Visit to Muscat

2015-09-12

オマーン訪問記 by 中山茂    2015年9月

8月中旬10数年振りにマスカットを訪問する機会を得ました。
マスカットを訪問された事のある方はご承知の様に、湾岸諸国と異なり、黒い岩肌むき出しの一木一草生えていない様に見える山々が街の後ろに聳えています。
街を抜け東海岸に到達すると、そこは岩山がオマーン湾に落ち込み、青い海と相まって雄大な自然の風景が広がっています。
マスカット(Muscat)はSaqataと言う「落ちる、落下する、傾斜する」等の意味の単語の派生形で「落ちる所」と言う意味になります。

(写真:筆者撮影)

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(Jissa Beach方面を望む) (Qantab Beach付近)
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(オマーン評議会議事堂) (アル・ブスタン・パレスホテル近辺風景)

短い滞在でもありましたので、昔良く利用したアル・ブスタン・パレス ア・リッツカールトン・ホテルに滞在致しました。以前はシェラトン・グループが運営していましたが、3年ほど前に変わったとの事です。このホテルはオマーンで初めて開くアラブ・サミットの為に1988年に迎賓館を兼ねて建設されました。今でも、最上階には一般客は入る事が出来ず、国賓待遇の方々の宿泊所として利用されています。吹き抜けのロビーは装飾の素晴らしさを含め訪問者を驚かせます。

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(海に面したプール側からのホテル正面) (緑に囲まれたホテル遠景)
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(ホテルへ向かう道路) (ホテルロビー)
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(プライベート・ビーチ西を望む) (プライベート・ビーチ東を望む)
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(べランダからの風景) (海岸からのホテル全景)

アル・ブスタン・パレスホテルから東に両側を岩山に囲まれた道路を行くと、その先にJissa、Qantabと言う小さな漁村が昔ありましたが、近年開発が進み大型ホテルが開業しているのに目を見張りました。

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(シャングリ・ラ バールアルジッサ リゾート&SPA)
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(同上) (開発が進むレジャー・ボート用桟橋)

湾岸諸国の高層ビルの林立と比較してマスカットは比較的低層ビルで落ち着いた雰囲気が保たれており、近代化を推し進めながらも、昔の情緒を残す姿勢は遊牧民とは異なる一味違った海洋民族の性でしょうか。

ホテルから近くにあるオマーン評議会議事堂への散歩の途中に見つけた街灯の柱に下記のマークがありましたので参考に供します。中に書かれているアラビア文字ですが、上部ハンジャル(オマーンのロゴ)の左側に OMAN 右側は SULTANATE、下部には MUSCAT MUNICIPALITY とかかれています。

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訪問1日目の夜、マスカットで40年に亘り営業を続ける日本人の憩いの場所「東京太呂」さんを久し振りに訪問。経営者の中戸川さんと再会し、私が90-93年に駐在していた当時の懐かしい思い出を時の経つのを忘れて語り合いました。店内にあった「サラーム」のコピーを見て、当時と変わらぬデザインに感激し思わず涙が出そうになりました。

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(当時と変わらぬ東京太呂入口)

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(東京太呂が入っているアル・ファラジ・ホテル屋上からのRuwiの街並み)

短い滞在ではありましたが、起伏に富み、山と海を持つオマーンの自然は日本人にとって心和む風景であり、マスカットはいつまでも私の大切な思い出の場所です。

一部しかご紹介出来ませんが、懐かしいマスカット訪問でアラビア語を離れて「閑話」とさせて頂きました。

以上

日本オマーンクラブ恒例のサマーパーティが開催されました

2015-09-06

 
去る8月20日、東京広尾のレストラン、チェ・モルチェでクラブ恒例のサマーパーティが開催されました。80余人の会員とゲストに加え、日本での留学を終え間もなくオマーンに帰国する留学生らも迎え、和やかな雰囲気の中、会話を楽しみ美味しいビュッフェに舌鼓を打ちました。

後半には栗原千種さんの素敵なピアノ伴奏で元タカラジェンヌの金川香さん・白波瀬佳子さんによる美しい歌声が、エレガントな雰囲気を一層盛り立てて下さいました。最後に帰国するオマーン人留学生の今後の活躍を願い、また日本オマーンクラブの更なる発展を願って石崎丈雄さんの音頭による「さざ波5本締め」にて閉会となりました。