イベント情報
2026年大使館祝賀感謝会
2月26日(木)にオマーン大使館で、大使館祝賀感謝会が開催されました。本年は断食月(ラマダン)での開催のため、イフタール(断食月で日没後に初めて摂る食事)形式で行われました。

新村事務局長による司会進行の下、冒頭、ジョーンズ享子会長による開会のご挨拶では、モハメッド・アル・ブサイディ大使と大使館職員の方々のオマーンクラブに対する数年に亘るご支援への感謝と皆様のご紹介があり、次いで、遠藤晴男名誉会長と岩城淳子理事より大使ご夫妻に、また会員から大使館員の皆様に、九谷焼や金沢の金箔入りコーヒーの贈り物が贈呈されました。

その後、ブサイディ大使から歓迎とクラブへの感謝のご挨拶を頂きました。大使の奥様は生後間もない赤ちゃんのお世話でやむなくご欠席でしたが、大使自らラマダンについてご説明され、またオマーンの歴史などをご紹介されました。
ラマダンは、世界中のムスリムが日の出から日没まで断食を行う神聖な期間で、恵まれない人々への共感や、神様への感謝や意識の強化、体も心も浄化する機会なのだと教えて頂きました。健康的には、食を断つことで体に回復する機会を与え、体全体のエネルギーを高めることができるとのことでした。また、ラマダン中は特に他人の悪口を言わないよう気を付ける、それらは他人から強制されるものでなく、自分で律するものであるとのイスラムの教えを学びました。何らかの事情で断食ができない時には、他者をもてなし喜捨をすることでよいということも、日本人にも通じる寛容な教えのように感じました。

オマーンはアラブ世界では最古の独立国家であり、18世紀にはアフリカ大陸東岸まで広がる帝国で、その影響力は現在のイランやパキスタンまで及んでいたこと、1833年にアメリカと友好通商条約が締結されたことなどについて、日本語のスライドをご用意して下さったことで理解が深まりました。
またオマーンの5大世界遺産では、バハラ城塞、バットやアルアインの考古遺跡、乳香の大地ドファール地方、カルハットの古代都市、アフラジュ灌漑システムを、美しい風景のスライドと共にご説明頂き、訪れてみたいと夢が膨らみます。
日没後、大使やムスリムの方々は礼拝のため暫し中座されましたが、その後デーツのお菓子とラバン(ヨーグルト風の飲み物)が運ばれ、イフタールが始まりました。

シェフ心尽くしのアラブ料理の数々、フムスやムタッバル、サンブーサやファラーフェル(ひよこ豆のコロッケ)魚の揚げ物やショルバ(豆のスープ)等など、お料理はどれも美味しく、私達も皆イフタールを堪能させて頂きました。

会員同士久しぶりにお会いする方々、初めてお会いする方々とも、楽しくお話しが弾み、親睦を深めることができました。デザートのクナーファやマハラビーヤ(ミルクプリン)、そして会員の小林様からご寄付頂いた沢山の新鮮なイチゴも、オマーンコーヒーと共に味わい深かったです。
大使の特別のご配慮で時間を少し延長頂き、閉めには遠藤名誉会長より閉会のお言葉を頂き、楽しい会はお開きとなりました。ラマダンの精神のように、感謝と分かち合いに満ちた貴重な時間を過ごさせて頂きました。
大使をはじめ館員の皆様、ご準備頂きました幹事の皆様、お集り頂きました会員の皆様方に、心より感謝申し上げます。
オマーンパビリオンのイチジクの木が大阪の小学校へ
大阪・関西万博2025では、オマーンパビリオンは多くの植
イチジクは大阪の特産品で、
1月22日、

式典では、駐日オマーン・
この木は今後、食育活動や国際交流教育など、

ところで、イチジクの花は実の中に隠されていることをご存知でしょうか。
2026年 新年のご挨拶
日本オマーン学生交流会2025が開催されました
11月22日、秋晴れの土曜日「日本オマーン学生交流会」が東京中野の成願寺で開催されました。
交流会はまず初めに、ジョーンズ享子会長が2003年に制作されたアニメキャラクターを使った日本とオマーンのこれまでの関係性と今後の展望についてのビデオを視聴しました。その後、参加者は5つのグループに分かれ、司会の玉澤恵里さんが用意してくださったテーマをもとに意見交換を行いました。

テーマは、日本とオマーンの違いや共通点、そして社会情勢を踏まえた両国の「現在」や「これから」を考える内容が多く、短時間で意見をまとめることは難しかったものの、オマーンクラブに参加しているからこそ話し合える貴重な議題ばかりで、大変有意義な時間となりました。各グループでは、コミュニケーションの取り方、伝統的衣装のあり方、遺伝子組み換えに対する考え方など、幅広い話題が取り上げられました。
意見交換の後は、ジョーンズさん手作りの大変おいしいデーツとクルミのケーキや、オマーンの学生持参のハルワ等を味わいながら、自由に交流を深めました。実際にオマーンを訪れた経験のある日本人学生が多く、普段なかなかできないオマーントークで大変盛り上がり、楽しいひとときとなりました。
「寒くなってきたねぇ」という、日本人がよく使う天気の話題に対し、オマーンの学生が「寒さを楽しまなくちゃ!」と返してくれたことが印象的でした。暖かい気候のオマーンだからこそ寒さが貴重であり、大切に味わいたいという思いが伝わり、私自身の“寒さ=つらいもの”という認識が少し変わった気がしました。
その後は場所を移し、茶道体験を行いました。お抹茶とお菓子をいただくだけでなく、茶道に込められた侘び寂びや一期一会、相手への敬意を重んじる心についても説明していただき、ひとつひとつの動作に意味があることを学びました。
イベント終了後は、アフガニスタン料理店での夕食でした。交流会のとき以上に多くの方と密に話すことができ、おいしい料理を囲みながら一気に心の距離が縮まりました。多くの日本人学生は夕食までの参加だったため、レストランで写真を撮影し、外に出てからも名残惜しく再度写真を撮って解散しました。

また別のイベントで皆さんに再会できる日を楽しみにしつつ、語学学習により一層励みたいと思います。
成願寺に宿泊した留学生達は、翌23日早朝7時から初めての座禅を体験し、続いて朝食・荷造り・清掃をしてご住職に感謝を込めてご挨拶後、成願寺を発ちました。

向かった先は赤坂の迎賓館。同行した大森耀太さんのアラビア語による迎賓館(赤坂離宮)のオリエンテーションを聞いてから
一般公開されている本館や庭園を見学しました。国の重要行事や国賓の滞在に使用される内部の豪華な和洋折衷の作りを堪能した留学生の中から、「オマーンでもこういう建物を公開したら良いのに」と言う声も聞こえました。噴水やお花で美しい広い庭園を散歩し、迎賓館の正面で記念写真を撮りました。昼食はそこから徒歩10分ほどにあるハラール・ラーメンのお店です。地下にある小さなラーメン屋なので私達のみで満席。待っている間に壁いっぱいに貼ってある各国の紙幣の中からオマーン紙幣を見つける人、狭いながらお祈りのスペースもありそこに行く人もいました。皆で本物のハラールの熱々ラーメンや唐揚げを楽しみました。
交流会に初めて参加したオマーン人留学生からの写真入り報告もここをクリックして是非お読みください。(日本語訳はこちら)
今年の学生交流会も参加者全員の協力もあり、日本とオマーンの若い世代の交流そして全国各地の大学にいる留学生同士も親しくなり、成功裡に終了することができました。

講演会「オマーンに教わり安全ネットを紡ぐこと」の開催
10月23日、日本オマーンクラブ2025年度第3回講演会がオマーン大使館で開催されました。 講師は、日本の外交官・国際法学者で、前駐オマーン日本国特命全権大使の山本条太さんです。山本さんは2022年1月から3年間オマーンに赴任されました。
演題は「オマーンに教わり安全ネットを紡ぐこと」で、「オマーンにどう学び、私たちと中東との関係をどう再確認していけるのだろう」という趣旨でのお話です。
冒頭ジョーンズ会長の開会のご挨拶に続き、駐日オマーン大使モハメッド・アル・ブサイディ博士より、10月13日 に閉会した大阪関西万博2025 「オマーン国テーマ 地球、水、人間性」が成功裏に終了したこと等、ユーモアを交えて温かいご挨拶を頂きました。
司会の新村事務局長により、山本氏と彼の略歴が紹介され、講演会が始まりました。お話は多岐にわたり、大阪関西万博やオマーンナショナルデー、日本の皇室とオマーンの王室との関係、ロシア、パレスチナとMEDRC(淡水化技術)、イラン、海洋安全保障センター、石油、LNG、グリーンエネルギー(水素)等の他、米国の民主主義と標準化の考え方や紛争当事国を一方的に非難することなくとにかく話し合う姿勢のオマーン外交等など、文化や技術、交流、親善、外交等についても随所に話題が豊富で 、切り口も広く、民間人としてではなく外交官としての発想や捉え方を伺えるお話で、まさに示唆に富んだ学びや気づきの多い有意義な講演会でした。

『日本とオマーンは国家間の外交はもちろんであるが、東アジア地域では希少なロイヤルファミリー国である。 皇室外交が文化的な親善、相互の国民感情を上げることになり、これを機会として 他国に比して日本ができる技術協力や貢献があると思う。
オマーンの万博でのテーマにある「水」に関しても淡水化技術や化石燃料からの脱却を見据えた再生可能エネルギーからの「グリーンな水素」への変換技術等、国際協力プロジェクトの観点から積極的参加して日本がオマーンに対して援助ができることを期待しており、中東地区における日本の存在感を再び高めたい』とのお話でした。
講演後の懇親会ではオマーンコーヒーを楽しみながら、講演内容に関する追加の質問もあり会員それぞれが親睦を深めました。まさに「款談は秋のつるべ落としに~」 あっという間の楽しい時間でした。

















